見仏記7 −ちょろっと地元でプチ見仏 in 小野−


快慶が作った国宝の仏像が兵庫県内にあると知ったのが昨年の夏。ずーっと行きたかった浄土寺(兵庫県小野市)に、2004年4月29日、ようやく行ってきた。
ここには昨年ナベが斥候として一度来ており、そのときはかなり迷って、ほうほうのていでたどり着いたら葬式中だったらしい。ということで、今回は案内も兼ねてナベとの同行二人。昨年のゴールデンウィークからちょうど1年ぶり2度目の「ちんさん邪鬼団」での見仏となる。
おれは今まで一度も遭遇してないけど、寺=葬式(≒ぐらいか?)なワケで、ミーハーな見仏気分満開で寺を訪れたのはいいが、まさに葬式たけなわなだったりしたらツライなぁ。ましてや遠征見仏だった日にゃあ・・・

浄土寺は迷うほどの道やから相当ややこしいところにあるのかと思っていたら、イナゴ(国道175号)のでっかいバイパスを適当に走り、[浄土寺→]の案内にそって1回曲がれば、あとは道なりでとうちゃ〜く。こんな道、なんで迷うんじゃぁ!
寺はそんなにデカくはなく、主な伽藍もお堂が二つだけという、いかにもイナカにありがちな微妙に寂れた感じの寺。


この中に!
お堂のひとつが阿弥陀堂という国宝で、大仏様(ダイブツサマじゃなく、ダイブツヨウ)といって軒先が反っていない。日本にはここと東大寺の南大門にしか無いらしいですぜ。
いそいそと阿弥陀如来が待っているそのお堂に入る。

でっかぁぁ!

こぢんまりとしたお堂の中に立ってるその姿は、頭のてっぺんが天井に当たるんちゃうかと思うぐらいデカイ。いっそのこと天井を突き破って頭だけ外に出し、優雅にイナカの田園風景を見渡してたらおもろかったのに。
資料によると高さ5m300。丈六の立像らしい。丈六というのは仏像のサイズで、立ったときに1丈6尺あるというもの。座像の場合はその半分の高さになってる。
ふつう丈六というと座像が多く、ここみたいな立像は珍しいんじゃないかな? 正真正銘の丈六ってことやな。(調べてみると1丈6尺≒4.8メートルということなので、この阿弥陀さんは丈七半てとこやな)
観音、勢至の両菩薩を脇侍にした三尊像で、菩薩たちも4メートル近くあってけっこうなサイズ。お堂のど真ん中に土俵のように置かれた丸い須弥壇の上に三尊像がいて、なで回せるぐらいすぐ横をグルグル回りながら見仏できた。
ちょっと下がって見るとバランスのいいプロポーションやけど、なんせ真下から見れるもんやから、顔がデカイデカイ。ころげ落ちてきそう。
三尊はそれぞれ雲に乗ってる御来迎スタイルで、背後にたなびいてる雲がドラゴンボールで悟空が乗ってるようななんとなくマンガチックな雲。リーダーが如来なので快慶が作ったわりには地味やったけど、このへんいかにも慶派の仏像っぽいですな。

仏像の前に置いてあるラジカセ(80年代のにおいがプンプンする赤くて細長いラジカセ)に、住職が解説したテープが入っており、それをしばし聞く。
それによると、この阿弥陀さんは左右の手が逆で、脇侍も左が観音菩薩、右が勢至菩薩とのこと。言われてみると確かに手はおかしい。普通右手を挙げてるよな。観音と勢至はどうせ区別がつかへんからどっちでもええわ。
最近読んだ観音菩薩の解説本によると、デコに化仏がついてたら観音、宝瓶がついてたら勢至ということやったので、「おおっ、これで見分けが付く!」と、萩と荻の違いがわかったときぐらい嬉しかったのだが、ここの菩薩たちはどっちも化仏が張り付いてるではないか。せっかく見分け方をマスターしたと思ってたのに残念。

仏像のいわれや、お堂の説明など、しばらく堅苦しい解説が続いた後、住職の「ふぅ〜」というため息が録音されており、コケる。

テープが終わり、ふたたび三尊像の足下をくるくる回りながらの見仏。
しかしこれだけデカイと地震の時とかひっくり返らへんのかなぁ。蓮華座の下はかなり絞っていて直径30センチぐらいしかないのに、よく何百年も立ってるもんだ。巨大立像の耐震技術ってどうなってるんやろう?

ここは、仏像の後ろに明かりを入れる窓があり、夏の夕方にはそこから入った光がお堂の中で反射して仏像を背後から照らし、えもいえぬ神々しい(仏々しい?)姿が拝めるらしい。次は夏に来よう。


仏像の写真はパンフをスキャンしました。
違法でしたら削除しますので、いきなり訴訟せずに御一報を。




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